魂はいずこへ
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへゆくのか」という有名な言葉(絵)があります。
ホント、死んだらどこへ行くのでしょう。
物理的に消滅するわけですから、正真正銘ゼロになってしまうのでしょうか。
それとも魂があって、それは肉体とは別に残っていくのでしょうか。
これは諸説あります。
といいますか、いま生きている人は少なくとも死んだことがないわけですから、誰も実際には知りませんし、証明することはできません。
ですから説と言うのもおこがましいのですが、でもなぜか巷には、「死んだらこーなるあーなる」という情報や本、宗教も多々あるンですね。
まァ言い放題といいますか、言ったモン勝ちなんでしょうかねェ・・
「貴方の前世は〇〇でした」と言われたって自分では実感できませんから、「はァ、左様でございますか」としか私のような者には言えません。
それをいいことにかどうか、そこにいろんな価値、意味を付与しておカネ儲けをしようとする人がいっぱい、のように見えるのは、私の心がさもしいからでしょうか・・(汗)
とかくスピリチュアルの世界はまこと、たいへんに喧(かまびす)しい。
とはいえ、死んだあとのことは誰しも気になります。
今生でジ・エンドなのか、あるいはその後もあるのか、これは人生観や死生観にもたいへんに影響を与えます。
この死後の世界、これはさまざまな方面で研究もされているのですが、先にも申しましたように、本当に客観的に死後の世界を研究するのは、これは不可能です。
いちど行ったらもう帰ってこれませんから。
もしできるとしたら、いったん死んだ状態になって、なにかしらの作用によって蘇生した人の経験談を収集してみること、臨死体験談というのでしょうか、現実的にはこれだけです。
私が信用が於けると感じるのは、エリザベス・キューブラー・ロス博士の研究です。
彼女はもともと精神科医であり、ターミナルの精神的ケアをしていました。
そのときの経験をまとめた「死ぬ瞬間」のシリーズは、全世界でもベストセラーで、現在は医療の世界でもバイブルになっています。
彼女の病院での仕事は、人の生死の狭間の、まさに渦中にいるものですので、言ってみれば修羅場の連続です。
そういったこけまろびつの日々を送るなかで、彼女はどうしても死後の世界がなければ説明のできないことを経験するようになります。
そういったことが重なっていくうちに、徐々に死後の世界に関心が移っていったのです。
たとえばひとつ例を挙げますと、ある盲目の人が事故等で心臓が止まって、生物的には死んだ状態になりました。
彼の言葉を借りれば、その後、いわゆる幽体離脱のように自分の肉体の上に浮かび、いのちの抜けたみずからの姿や医師らの慌ただしい様子を見ていた・・とのことです。
そしてなにかのきっかけで蘇生して肉体に戻ったあと、自分の見た光景を話したのですが、その盲目の人が話した内容は、色彩の細部にいたるまで事実と一致していたそうです。
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各国の、さまざまな臨死体験例を統合しますと、人は死後の経験では、ある共通した特徴があるようです。
それは、
*光に包まれ、とても心地よい感じがあること。
*先に逝っている家族等が迎えにくること。
どうやら三途の川はあまり出ないようです。ホッ・・
ただこれは、いったん死んでからこっちの世界に戻ってきた人たちの報告なので、死の世界のホンの入口でのできごとと言えましょう。
私たちにわかるのは、ここまでです。
その先は、ホントに死んだときのお楽しみにとっておきましょうか。
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