ボウ・ブランメル
ジョージ・ブライアン・ブランメル、この名をご存知でしょうか。
「稀代のダンディ」、「モードの帝王」、あるいは「ファッションの絶対専制君主」、などと呼ばれます。
その服装のいでたちは絶対であり、更にその言動に人々はおろか皇室までも翻弄され、ブランメルが来るかどうかでサロンの成功が左右される、かくのごとくの存在こそが、ボウ(美男子)・ブランメルなのです。
実は彼の身分は平民であり、実際は容姿も決して美しい方ではなく、本来は上流社会のサロンに出入りできるものではありません。
ところが彼には武器がありました。
*非の打ち所のない身だしなみ。
*容赦のない皮肉。
これだけで彼は、バイロン卿をして、「ナポレオンになるよりも、ブランメルになりたい」と言わしめ、仕立屋をして、「皇室御用達」よりも、「ブランメル様御用達」と看板を出させたがったのです。
それだけの支配力を持ったブランメルは、さぞかし煌びやかな凝りに凝った衣装を身に纏ったのであろうと思いきや、実はまったく逆です。
できるだけシンプルに、しかし趣味よく、むしろ目立たないようにしていたのですが、それが逆に新鮮だったのでしょう。
オーダーメード、テーラーメードというのでしょうか、ブランメルのサイズにきっちりと合わせた、出来のよい服を、それはそれはきちんと着こなしていた・・、言わばただそれだけなのです。
なにせ、服を着るのに、およそ2時間かけていたのですから・・
洗練され、研ぎ澄まされ尽くした身なり、これが他の誰をも追従を許さず、あたかもブランメルの存在を孤峰の如くに際立たせ、しかして帝王として社交界に君臨させていたのです。
*******
スポーツはしません、服が乱れるから。
それよりなにより、何かに夢中になるということは、そのものよりも自分を下に見ているということですので、すでにダンディではありません。
ですからスポーツにも趣味にも、とにかく熱中ということはせず、常になにごとにも醒めて静観するのみ。
ちなみにアメリカのレイモンド・チャンドラーなどのハードボイルドの世界、あれは細かく言えばダンディとは少々異なり、どちらかといいますと「痩せ我慢」の美学といってよいでしょう。
誰かの評価を期待する雰囲気を感じさせるハードボイルドと違って、ダンディは他になにものをも委ねません。
ニル・アドミラリ(無感動)とアパシー(無関心)こそは、ダンディの両輪といってよいでしょう。
究極的には、ニヒリズム以外のものではないのかもしれません。
*******
さて、そんなブランメルにも落日は訪れます。
借金のかどで投獄され、また身体の衰えによってかつての美しい身なりは影をひそめ、やがては健忘症を患います。
自身のことさえもままならなくなったとき、ブランメルはかつての栄光の追憶のなかだけで生きていたとも聞きます。
周囲からみればとんだお茶番のようにも見えますが、それでも最後までブランメルを援助しようという人物もありました。
冷徹な人間のように伝えられるブランメルですが、こんなエピソードを聞きますと、実際はあながちそうでもなかったのかもしれませんネ。
|